【映画2007】ディパーテッド
ワーナーマイカルシネマズ板橋9番スクリーンにて4K Pure鑑賞。
香港映画の名作「インファナル・アフェア」をマーティン・スコセッシがリメイクし、すでにゴールデン・グローブ賞では監督賞をとっている作品だ。
マフィアに潜入した刑事、ディカプリオと、州警察でマフィアのボスと通じる刑事、マット・デイモン。警察とマフィアの内通者ふたりが危険と背中合わせの状態で、手探りのようにたがいを追い詰めていく。
オリジナルにあった濃密な叙情が整理された印象となっているのは、マフィアに潜入した刑事と彼を送り込んだ上司の警部とのつながりや、マフィアのボスと警察の内通者とのつながりが、あっさり描かれているせいだろう。
そのかわりに描かれているのは、自分が自分である意味を失い、本来、いるべきでないところをさまよう、ふたりの男の姿である。アイデンティティを喪失し、それを求め、すがっていく人間の姿だ。
「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」では、詐欺のため、身分をいつも変えていたディカプリオがいた。「アビエイター」では、強烈な意志と財力を持つがゆえに、自己を失ったディカプリオがいた。「タイタニック」では、乗船名簿に名前が載らない無名のディカプリオがいた。
自身の来歴を失う形で、マフィアにもぐりこんだディカプリオは、自身の地位とIDの回復をいつも願っている。
「ボーン・アイデンティティー」では、すべての記憶を失ったスパイだったマット・デイモンは、自分が生きられる場を求めて、愛する女との生活の場を築こうとする。
ふたりとも求めるものを得られたのか。
タイトルの「the departed」とは「死者」という意味。ふたりともすでに、あるべきでない居場所にあることで、生きながら「逝って」いたのかもしれない。
映画の冒頭で提示されるのだが、警官になるか、ギャングになるか、というアイルランド系移民ならではの設定など、アメリカという国の中でリアリティあるものにするために、オリジナルの設定にいくつかの工夫をしている。
「インファナル・アフェア」では、漆黒の中でうごめく男たちの情念を表現する映像が印象的だったが、この映画では、明るく輪郭もくっきりしたわかりやすい映像にしている。
流麗な撮影や緻密な音楽構成など、映画を見る喜びに満ちている。なるほどアメリカでヒットしたのが、よくわかる出来だ。
リメイクだからって責めるつもりはない。「七人の侍」と「荒野の七人」のような例もある。それでもやっぱりおれは「インファナル・アフェア」のほうが、よかったなぁ。変えるのなら、もっと徹底的に変えてほしかった。
刑事とマフィア、ふたつの世代にわたる無間地獄。おれはその味わいがやはり好きなのかもしれない。
※こちらのエントリーもどうぞ。


