【映画2007】鉄人28号 白昼の残月
ワーナーマイカルシネマズ板橋7番スクリーンにてSRD鑑賞。
鑑賞後に読んだ話によれば、実写版「鉄人28号」の興行失敗によって、公開がかなり遅れたらしい。基本的に新宿単館系公開なのだが、うれしいことにワーナーマイカルシネマズ板橋でも公開してくれた。ただ、午前中の回と昼過ぎの回の2回まわし。アニメだから、子供向けという判断だろうが、「鉄人28号」を見るのは大きなお友だちばかりだから、レイトショーこそふさわしい。
監督の今川泰宏といえば、「ミスター味っ子」とか、「機動武闘伝Gガンダム」などの豪快な演出で有名なのだが、両作とも観ていない。きちんと観ているのはOVA「ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日」くらいで、これはとても好きな作品だったりする。
つまり「鉄人28号 白昼の残月」を観にいったのは、はじめて「ジャイアントロボ」を観たときのあの喜びを追体験するためだ。
ちなみに「鉄人28号」は2004年、同監督によってテレビシリーズ化されているが、そちらも数話しか見ていない。
戦後10年といっているから、作品の時代設定は昭和30年あたり。ただし、「ALWAYS 三丁目の夕日」よろしく、昭和32年起工の東京タワーが大展望台まで建てられていることから、時代設定については厳密なものではないらしい。
昭和31年の経済白書の「もはや戦後ではない」ということばが意図的に流用されているなど、原作連載開始時の昭和31年を強く意識はしているのだろうけれど……。
ナレーション中心のオープニングは印象的なカットと、伊福部昭のすさまじいオーケストラ曲で、なにはともあれ、盛りあがる。ああ、これは映画館で見てよかったと心底、感じられる。
建造物のみ破壊して、人間は殺さない兵器というから、中性子爆弾と逆の効果の「廃墟弾」の謎を中心にドラマは展開する。鉄人と同様、金田博士によって開発された「廃墟弾」が東京の地中にいくつも埋まっている。
金田博士の遺言によれば、その在処は鉄人28号が知っているという。主人公、金田正太郎と同姓同名にして金田博士の養子である、ショウタロウや、廃墟弾の処理に乗じて日本を狙うベラネード財団の陰謀などが絡んでいく
鉄人が活躍するスペクタクルシーンはいくつかあるのだが、ストーリー構成は横溝正史などから、モチーフをとってきたような謎解きの展開を中心にしている。
シナリオも今川監督のものだが今回は感心しなかった。まず、なによりも廃墟弾の謎、正太郎をつけねらう傷痍軍人「残月」の謎、そして、ショウタロウの出生の謎といった、ドラマを構成する要素が主人公と観客以外はみんな知っていているにもかかわらず、それを叙述の形で謎として提示しているだけにとどまっているのだ。
OVA「ジャイアントロボ」でも、シナリオに同様の癖はあったのだが、ダイナミックに動く映像によって、そのいびつさは覆いかくされていた。
ところが、今回は静的にしか動かない人間のドラマの中で、順繰りに謎を提示していくため、とてつもなく単調になってしまっている。ロボットであれ、人間であれ、活劇の要素が足りなすぎる。なりきれていない叙述トリックみたいなもので、どこかごまかされた印象が強い。
あとで聞いた話によれば、動画枚数の制限により、テレビ放映時はロボットアクション不在の少年探偵テーストになっていたとのことだが、劇場映画版でもそういう縛りがあったの?
破壊と復興を繰り返しながら、廃墟弾や鉄人といった戦争の「負の遺産」と対峙していく人間を描きたかったのだろうが、決定的に欠けているのは、昭和30年の東京に住む人間たちのリアリティだ。破壊や復興を描きたいはずなのに、この東京にはメインキャラクター以外の人間が住んでいる気配がない。
帰還してきたシベリア抑留兵たちと、同じ列車内で乗り合わせるというシーンもある。今川戦後史観としてはクローズアップしたかったのだろうけど、やはり書割的に過ぎる。
多くの群集はでてくるのだが、単なる書割程度の印象しかもたらさない。
作中には同潤会ならぬ、共潤会なる大きなアパートメントが登場するのだが、この建物に住むのはショウタロウと管理人婦人だけだ。婦人は「取り壊そうと思っていたんだけど、あなたが住んでくれるのなら大歓迎よ」と、住人一人だけで、大きなアパートの存続が決まるという浮世離れしたセリフを言うのだが、全体がそういう印象。
廃墟弾が爆発して、東京の一部が廃墟になるのだが、もともときちんと人が生きている世界が描けていないから、張りぼての映画のセットが壊れた程度の印象しかもたらさない。
なんちゃって戦後となんちゃって戦争の印象だけで、おぼろに作っているから、このあやふやな昭和30年に感情移入はできない。
横山光輝の現代ものやSF作品には過去を踏まえながら、明確なモダニズムが存在したのだが、アニメ「白昼の残月」は、21世紀から照射したレトロスペクティブな景色の中で、戦争の記憶さえも陳腐化させたように思える。
巨大な鉄人がいる昭和30年の世界をもっと徹底的に作りこんでほしかった。
それと作中で「ショタコン」なんてサービスフレーズを軽々に入れてほしくはなかったよね。
※こちらのエントリーもどうぞ。

