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【映画2007】アポカリプト

 ワーナーマイカルシネマズ板橋3番スクリーンにて鑑賞。

 とにかくすさまじい映像体験だった。「もののけ姫」を実写化して、「パッション」の残虐と、「マッドマックス」の疾走感を加味し、さらに、死体と生首と心臓と死体と生首と心臓と死体と生首と心臓と死体と生首と心臓と死体と生首と心臓をふんだんにまぶした作品。まるで人間がソフビ人形のようだ。ぽろぽろ切られていく。

 ユカタン半島を中心としたマヤ文明をテーマにしているけれど、太陽神への心臓奉納など、アステカ文明との混同はある。緻密な考証をもとにした文明論的ドラマというより、漠然としたメソアメリカ文明風味ファンタジーと考えていいだろう。


 映画の冒頭、暴走するバクを狩るシーンなど、「もののけ姫」の暴走タタリ神シーンを思い出させるし、原始と神話が調和する村に住む彼らを蹂躙するのが、森林の大規模伐採で成りたつ都市文明であるなど、対立の構図も同様に「もののけ姫」を感じさせる。

 主人公は、狩猟生活をする原始的な村に住む青年だ。その村が都市文明からやってきた人間狩り一隊に襲われてしまう。奮闘むなしく捕らわれる青年。妊娠した妻と幼い子は、這い上がる望みもないような縦穴に逃げ込むのだが、彼が救出しないかぎり、死ぬしかない。

 これがサスペンスの時限爆弾としてきちんと機能している。その一方でとらわれの青年は、もう圧倒的に邪悪な都市文明の悪夢的祝祭空間に投げ込まれる。

 このマヤ文明ってば、ほんとに同情の余地もないくらい悪虐なものだった。身の回りに自殺したい人間がいたら、この映画を見せるとショック療法になるんじゃないか。視覚から痛覚に直結するような痛みに満ちた死の描写の中で、鮮烈にかきたてられるのは、「死にたくない! 生きたい!」という感情だ。

 自身の痛みの中での死への抵抗と、彼方の村で緩慢な死のときを迎えつつある妻子への思い。それが爆発するのが映画的カタルシス! 前作「パッション」で存分にふるった「痛み」の演出を映画という空間にはじけさせたのは、みごとだ。

 映画の後半はもうとにかく、狩る側と狩られる側、人間が人間を追うすさまじい追跡劇ですよ。「マッドマックス」のスーパーカー「インターセプター」こそないものの、二本の足で森林を疾駆するスピード感はマッドマックスをもしのぐ。

 一部では、白人に侵略され、文明ごと略奪された先住民族に対し、侵略した白人側が自己正当化するための映画ともいわれている。

 冒頭では、歴史家ウィル・デュラントの「文明が征服される根本原因は内部からの崩壊である」のことばを引いて、その印象を強くさせているのだが、いやもう、ここまで悪に特化し、わかりやすく単純化された文明なんて、現実には存在しない。

 ほんとにもう隅から隅まで悪の帝国。統治する王から、石ころまで悪。犬も悪なら、猫も悪。どんなファンタジーだって、ここまでシンプルに徹底的に悪い国は作れない。

 なるほど、こういう文明なら滅びて当然なのだけれど、ここまでわかりやすい悪の文明なんてありえないですから。

 悪夢のひとつのパターンに「追われる」夢があるけれど、この映画ではとことん追われる悪夢を堪能できる。映画を見る前と見たあとで、全身の血の量が、血の濃度が、血の温度が確実に変わる。それほどすさまじい映像体験だった。

 メル・ギブソンに信仰的政治的な意図があるとすれば、おもしろさ過剰で、逆効果ではないか。全編マヤ語だが、仮に字幕がなくても話がわかっちゃいそうな作りだ。

 いやあ。最高にひでぇ映画だったけど、もう一回くらい、この映画の中で「生」を感じたいよ。

  

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コメント

 マヤ文明を悪とは感じませんでした。他者を消費して成り立つ事が文明の本質ではないでしょうか。文明に属している人間はその文明が犠牲にしているものなどに考慮を与えません。現代では洗練され流通しているものが命から貨幣に変わっただけです。浅薄な比較ですが、イラク戦争でイラク人の命がいくら失われても、日本人は大して騒ぎませんでしたが、日本人が人質になり死にさらされた時には大騒ぎになりました。

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