【ゲーム】あのころ講談社地下で
12月号での休刊が発表された「コミックボンボン」の創刊は1981年。自分はすでに大学生になっていたから、読者としての記憶はほとんどない。仕事の面では1986年、24歳のころ、しばらくお世話になっていたことがある。
講談社のビルの地下の狭い部屋で、「謎の村雨城」だとか、「トランスフォーマー コンボイの謎」だとか、そういうのをプレイして、攻略記事を書いていた。その地下室にはゲームフリークの人もいたのだから、懐かしい。
当時は小学館の「小学三年生」や秋田書店の「ファミコンチャンピオン」でも仕事をいただいており、気がつくと、「ボンボン」とのご縁はほとんどなくなってしまった。
いま考えると、1年くらいしか仕事をしていなかったのは、講談社界隈の貧困なグルメ事情もあったような気がする。
小学館にいけば、焼肉と寿司をしょっちゅう食わせてもらえたし、秋田書店に行けば、なぜか、夜中まで飲んでいた。当時からそういう餌付けに弱い性格だったらしい。
いまはどうか知らないけれど、当時の「ボンボン」では、ラフ用紙にそのままネームまで書き、それを入稿。そこから「送り」専門の会社がレイアウトを起こし、写植用の原稿も作っていた。ラフの上に、細いシャーペンで小さな文字をせっせと書いていたのだが、なんで、ああいう非効率的な入稿システムを作っていたのか、さっぱりわからない。
ファミコン記事担当の方は、会議の席でも、撮影の立会いでも、いつもすやすやと寝ていたのが印象的だった。メーカーへ取材にいったときに船をこぎ始めたこともあった。
そんな自分の中で濃密な1年はファミコンディスクシステムが発売されたころだった。気がつくとそれから20年以上が経っているんだなぁ。
夜になって、同窓生4人と山の上ホテルのビアガーデンへ。ビアガーデン日和という感じではなかったけれど、ゆるい感じでビール三昧。そのあとは「モン・カーヴ」で、ワインをかぷかぷと……。
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