【映画2007】怪談
ワーナーマイカルシネマズ板橋12番スクリーンにてSRD鑑賞。
とてもていねいな映画だし、きちんと見ていてめだった瑕疵がない作品だ。
黒木瞳、井上真央、麻生久美子、木村多江、瀬戸朝香という出演女優の競演には文句のつけようがないし、数奇な運命に翻弄される新吉を演じる尾上菊之助には、そんな女優たちさえしのぐ、色香が感じられる。
「女優霊」や「リング」で、鮮烈な恐怖演出を生んだ中田監督がオーソドックスな怪談映画に挑戦した志は一本のフィルムとして結実している。
黒木瞳と尾上菊之助が出会うシーンなど、ぞくぞくとして、この世界で物語られる因縁がいかばかりかなものかと、かなり期待した。
ただ、この世界には現代的な価値観という光源から光が漏れている。その光のおかげで、きちんと描かれた女の情念からも、冒頭から明らかになる親の因果からも、恐怖は感じられず、ただただ理不尽な運命に翻弄される新吉の哀れが目だってくる。
怪談映画を見ているというより、「マノン・レスコー」や「テス」など、時代と運命に翻弄された魔性の女もののカウンターバージョンを見ているようだ。ああ、新吉にいたずらに色気があったばかりに、女がほっておかず、ひどい目に遭ったんだね。
ところどころサービスのようなショッカー演出はあるのだけれど、だれに感情移入してよいかが、はっきりしない。
ドラマの発端となる豊志賀(黒木瞳)の過剰な愛がすべての因縁の要となるはずなのに、それほど過剰とも思えない。この程度のわがままをいう女より、フジテレビ朝10時の再現ドラマででてくる嫉妬妻のほうが、たちが悪いと思えてしまうあたりが、作劇の弱さとなっている。
情念というか、愛情から生まれた狂気が疫病のように広がり、因果応報のドラマになっていくのが、この手の映画の醍醐味だと思っていたのだが、みなさん、あんまり狂っていない。常識の範囲内でおびえているだけだ。
女の情念ものでおしすぎると、主たる観客層である女性がひいてしまうし、黒木瞳にそこまでの狂気を要求できなかったのかもしれない。
講談を用いた導入部など、メタフィクション風の作りと江戸の情念ということで、篠田正浩監督の「心中天網島」を思い出した。「心中天網島」1969年という時代と古典とが巧みに混じりあった作品で、とてつもなく鮮烈なものだった。
もしかしたら、おれは「怪談」にそんな「心中天網島」同様、2007年に公開される怪談映画の意味を期待しすぎたのかもしれない。
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