【イベント】ワセダミステリクラブ50周年
ワセダミステリクラブの50周年記念パーティだ。直前に大森望さんのmixi日記を読むまで、クラブ外部の人が招待されていることを知らなかったよ。あらかじめ届いていたメールに「ゲスト来客者」と書いてあったのはたしかだけど、クラブの家族や大学関係者のことかと思っていた。
その大森望さんとはサンシャイン60のエレベータ内で遭遇する。会場は58階の「サンシャインクルーズクルーズ」である。今回は300人を超える参加者だそうで、エレベータホールから受付まで長蛇の列だ。とてもワセダミステリクラブのイベントとは思えない。
58階というロケーションはさすがに圧倒的だ。春一番が吹きあれる都内の様子が見渡せる。しかし、後半になると
mixiやオンラインの日記では、おなじみだけれど、実際に顔を合わせるのが久しぶりな人が多い。勤めていた会社や部署が買収されたり……。いろいろと変化もある。
会場内はPAの回りが悪い。演壇から少しでも離れると、だれがなにをしゃべっているのかが、さっぱりわからない状態だ。結局、いろんな人といろいろ話をしているうちに3時間が過ぎてしまった。二次会は「大馬鹿地蔵・だいこんの花」だ。ここでも百人単位で人が集まっている模様。じゃぶじゃぶと酒を飲み、がぶがぶと話をする。
ここでもあの人はいまとか、やっぱりそういう話が多いね。
三次会は十二人で「かまくら」。近い世代が顔をあわせ、まるで大学のころの高田馬場「さかえ通り」のようである。岐阜在住のAndy@音楽観察者くんと顔を合わせるのはほんとうに久しぶりで、それだけでもうれしかったので、席が離れたところにいても、ときどき声をかけてつっこむ。「せっかく柴尾さんのこと、ほめていたのに……」といわれて、うれしくなる。お礼に機会を見てつっこみを入れる。
学生のころ、気配りのある常識人と思っていた人がじつは非常識人で、学生のころ非常識人と思っていた人が、じつは気配りの人だったとか。まぁ、そういう話をしていたらしい。
矢野くんから「(会場で配布した)50周年記念PHOENIXで、ぼくが書いた文章の最後の2行は、柴尾さんと三重さんが読んだら、泣くと思いますよ」といわれて、ちょっとどきどきする。
さらに人数は減り5人で「itten bar」へ。
mixiは罪つくりだという話とか、ドストエフスキーに小説を教えてやるとか。
始発の動き出す時間になったので、店を後にする。東上線の朝の車内で矢野くんの文章を読む。すーっと1984年あたりといまがつながる。あのころ自分も朝まで高田馬場で酒を飲んでいた。酔っ払って東上線下赤塚駅まで帰っていた。彼の言葉から広がる豊かさを反芻していた。
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