【映画2008】ラスト、コーション
ワーナー・マイカル・シネマズ 板橋11番スクリーンにてSRD鑑賞。
濃厚なベッドシーンが話題になっていただけに、どれだけ、どろどろねちょねちょな映画かと思っていたが、大戦下の香港と上海を舞台にした輪郭のくっきりした硬質なメロドラマであった。
前半の一シーンとして、映画「別離」のイングリット・バーグマンが登場していたこともあって、おなじバーグマンの「カサブランカ」を裏返しにしたような印象さえある。
大戦下、敵と情を通じる女スパイを描いた近作といえば、バーホーベン監督の「ブラックブック」がある。ユダヤ人として家族を惨殺されたことからスパイになった「ブラックブック」に比して、「ラスト・コーション」は、若さゆえの熱情から抗日運動を始めた男への愛慕がきっかけとなっている。
言い方はおかしいが、演劇というサークル活動の延長として、血なまぐさい世界に入っていくのだ。
ひとつのボタンのかけちがいが、巨大なモーメントとなって、大いなる悲劇になる時代の中で、普通とは逆のプロセスで育まれる愛のプロセスをアン・リーは、ほんとうにていねいに描いていると感心する。
口紅や香水、チャイナドレス、宝石など、さまざまな小道具を巧みに使っている。
トニー・レオンは対日融和政策をとる汪精衛(汪兆銘)政権、特務機関の重鎮として登場する。冷酷で狡猾な用心深い人物とされているが、彼の性質の多くは、ベッドシーンで表現される。レイプかSMさながらの奪うセックスから始まり、生への執着を彼女の肉体に刻み付けるようなセックスを経て、無垢な自身をさらけ出していく。
作品の中で、立場やイデオロギーさえも漂白、脱臭されているのに驚いてしまう。当時の上海だから、日本軍は登場するのだが、まるで書き割りのようである。中国映画としては驚くほど、日本に対する悪意がない。
また、漢奸(日本側に裏切った中国人)といわれるトニー・レオンの深みにくらべ、反日運動をする学生たちの浅い幼さが印象的に見えるのも興味深い。その表現は心配になるほどラジカルである。
時代の激流に流されるままだった彼女はセックスの中で生を噛みしめていたのだろう。そんな彼女が自分の意志を持って決めた最初の選択と決定が、皮肉なことに彼女自身の最後の選択となってしまったのは悲劇である。
いろいろと考えながら、作品をじっくり覗きこんでみると、スタイルとロマンティシズムをのぞいて、不思議なくらい、何も残らない作品になっているのだ。
日本料理店で中国の歌「天涯歌女」は、「カサブランカ」における「As time goes by」のように、はかなく美しい。同様に全体の印象は「カサブランカ」のようにうつろである。
映画を見ているあいだは酔いしれたのだが、見終えてから反芻するにつれ、手触りが淡雪のように消えていく作品だった。
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