【映画2008】ダークナイト
ワーナーマイカルシネマズ板橋9番スクリーンにSRD鑑賞。
「うあ! ナチョス食う時間なかったよ」
となりに座っていた若い男性客がそんなことをいった。上映時間は152分だが、シナリオ上のダレ場は一切ない。ちょっとでもほかの考えごとでもしようものなら、置いていかれるだろうし、そもそもよけいなことを考えさせるような映画ではない。
今年はアメコミヒーローものが豊作といわれているけど、「ダークナイト」はあらゆる映画の中でも別格のレベルだ。渡辺謙が出演したことで話題になった前作の印象はまるでない。バットマンの起源をアジアにした前作「バットマン・ビギンズ」は、テーマと内容が空回りした作品だったが、今回の完成度には舌を巻いた。
幻想色の強かったティム・バートン版バットマンはコミック寄りの実写といってもよかったのだが、クリストファー・ノーラン版バットマンは、まさにわれわれが生きているこの世界と地続きにあるゴッサムシティでのノンフィクションのようで、生きることを真剣に考える人ならば、突き刺さるようなシチュエーションに満ちている。
自分は映画を評する際に「神話的な」という表現を使うことが多いのだが、「ダーク・ナイト」に関していえば原初的な神話からはるかに進化した作品で、「神学的」といってもいいほどなのだ。
全体を通して非常にサスペンスフルな構成になっているが、そのサスペンスの主軸となるのが倫理だってことが、大胆であり、斬新だ。
悪の巣窟、ゴッサムシティを浄化するべく、真っ黒なスーツに身を包み、闇の中で活躍する億万長者ブルース・ウェインだが、バットマンの登場で悪は一掃されたわけではなかった。それどころか、圧倒的な力を持つクライムファイターに対抗すべく、悪はさらに凶悪化した。
最初にうまいと思ったのは、バットマンそっくりのコスチュームで自警団を作るフォロアーの存在をあヴァンタイトルの部分から見せるところだ。盲信者たちは自然発生的に生まれ、事態をややこしくさせるものだ。そして、波紋の中心にいる人間は、そんな愚かな追随者を見ると、自分の行動に対する疑問が生まれる
悪の存在をマフィアなど、経済犯罪までやってのける巨大組織から、汚職警官のレベルまできちんとおさえている。しかもバットマンとはネガポジな関係にあたるジョーカーを出現させることで、悪と戦うことへの苦悩を浮き彫りにする。
バットマン「なぜ、おれを殺したい?」
ジョーカー「殺したいだと? おまえを殺す理由などあるものか。おまえがいなくなったら、おれはどうしたらいいんだ? ちんけな泥棒に逆もどりか。いやいやいや。おまえのおかげでおれがここまでこれたんだよ」
ジョーカーがバットマンにくりかえし問いかける。「ルールに縛られたおまえには無理なことだ」。そのルールがなんであるかは、映画の進行とともにわかってくる。だからこそ、終幕の深い感動に通じる。
それと同時に、真実と幻想、正義と悪、独裁と多数決民主主義、英雄と悪漢といったテーマが、物語の細部までぎゅうぎゅうに押し込まれている。「カルネアデスの船板」というか、「冷たい方程式」というか、そのテーマをこれほどサスペンスフルで感動的に解いた作品もない。
これが遺作となってしまったヒース・レジャーの演技は圧倒的で、スクリーンの愉快犯史上最強のキャラクターとなっている。 生きる手触りを求めているかのようなジョーカーは、そのリアルでヴィヴィッドな存在感が紛れもなく生そのもの。ヒース・レジャーの悲劇を考えると、胸を締めつけられるような気持ちになる。
バットマン(=ブルース・ウェイン)、警官であるジェームズ・ゴードン、そして新任検事のハーヴェイ・デントの三者が、ゴッサムシティに平和をとりもどすため、高潔な友情で結ばれるのだが、その友情が戦いの中で、どのように変わっていくかも見どころなのだ。
いかにもCGというイメージはほとんど使われていない。IMAXカメラをも駆使した映像の情報量は圧倒的かつクリアで、眼前のドラマがすべてリアルなドキュメンタリーのように思わせる。
クリストファー・ノーランらしい神経質に潔癖な映像がセメントマッチの迫真を伝えてくれる。これだけクリアな映像でみせられる、もがくように戦う男たちの姿は、感動とか号泣とか陳腐なことばでは語れないほどの深い刻印を魂につけてくれる。
ハンス・ジマーとジェームズ・ニュートン・ハワードがアンチ・クライマックスのサントラをつけている。二人の巨匠にこれほどの曲をつけられたら、座席から身動きができないじゃないか。
アメリカではIMAXでの鑑賞がすごい人気でチケットが取れないらしい。IMAX撮影部分になると、スクリーンサイズが一気に拡大されるとのこと。そりゃ見たい! 最近、「東急レクリエーションが、「109シネマズ」4館にIMAXシアターを導入する。年末に川崎の1スクリーンを改修。日本初のIMAXデジタル・シアターを導入。 2009年春に08年11月開業の菖蒲の1スクリーンに、更に夏以降に2劇場へ導入」というニュースが流れたばかりだが、遅いよ! 遅すぎるよ。
ひたすらに重くて長い映画だから、日本ではアメリカほどヒットしないかもしれないけれど、ほんとうに映画が好きなら、いま見るべき一本だろう。
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