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【映画2009】(ネタバレ)「チェンジリング」のテーマ

 ふたりのマイミクさん(同世代の女性)とメッセージで「チェンジリング」について、いろいろ語っていました。

 この映画は最後の部分で大きなテーマが語られているため、それを最初に書いた映画レビューで語るのはためらわれたのですが、とてもすばらしい映画だけに、そのあたりをあいまいにしたままで放置するのは申し訳ないと思いました。

 映画を見た方は以下をご覧ください。二人にお送りしたメッセージから、書簡スタイルのレビューを創ってみました。

 「チェンジリング」は「ミスティックリバー」や「ミリオンダラー・ベイビー」、「父親たちの星条旗」にくらべると、ちょっと物足りないところもあるのですが、もともと、ロン・ハワードが撮る企画だったものをイーストウッドに譲ったところもあり、イーストウッドは、脚本の立ち上げからつきあったわけではありません。しょうがないところでしょうね。

「母親にとって、残酷な結末でした」との感想をお持ちですが、これはちょっとちがう気がしました。もちろん、自分のすべてを捧げ、育ててきた子供が誘拐され、行方もわからないまま、一生を生きていかなければならないのは、残酷なことです。

 映画の中で、とりわけ残酷だったのは、○○さん同様、死刑直前の犯人との対面です。生死の手がかりさえも永久に失われてしまう残酷は、耐えられないものだと思います。女性の立場、親の立場で感情移入してみると、警察や社会の理不尽で胸がいっぱいになるかもしれません。

 しかし、この映画はこれで終わらなかったのがすごいところだと思います。そこからがまさに自分にはクリント・イーストウッドらしい孤高の英雄を描いた作品だと思いました。

 数年後、アカデミー賞の話題で持ちきりの職場にいる彼女。かつてはローラースケートを履いて交換室を走り回っていた彼女が、いまでは管理職として、独立した部屋を持っている。それだけきちんと仕事をしてきたのでしょう。だれも子供のことを話題にしない。彼女も上司との会話の中から、子供がいなくて当たり前の日々を歩みだそうとしている。しかしそこに届いた連絡。警察署にいき、生還した少年の話を聞いたことで、彼女が「HOPE」にたどりついたところが、すごいと思いました。

 あらゆる絶望の中で、最後にたどり着いた希望(HOPE)です。これをレビューの中で「パンドラの箱」と表現した次第です。少し悩んだのですが、ものすごいネタバレをやっちゃいました。

「生きているかも知れないという希望を持たせた訳ですから。」と、希望が彼女をいたぶる原因のように解釈されたようですが、その「生きているかもしれない希望こそが、この映画の最後に残したものだと思います。

 警察署で殺人鬼から逃げ、ネバダで隠れながら、両親への思慕でもどってきた少年の話を聞いたアンジェリーナ・ジョリー。警察署を出るとき、お世話になった刑事に語ります。

Christine Collins: Three boys tried to escape that night, and if one boy got away then maybe one or both of the other two escaped too. Maybe he's out there somewhere, afraid to tell the truth, afraid of what will happen to him or to me. But one thing I know is that boy gave me something I didn't have before.
Detective Lester Ybarra: What's that?
Christine Collins: Hope.

クリスティン「夜、三人の子が逃げたようとしたんです。ひとりが逃げられたのなら、もうひとり、いえ、残りの二人とも逃げられたかもしれません。息子はほんとうのことをいって、自分や私に危害があるのをこわがったまま、どこかに隠れたままかもしれません。あの子の話のおかげで、私の胸からなくなったものが生まれました」
イバラ刑事「なんですか」
クリスティン「希望です」(柴尾試訳)

 この最後のフレーズはみごとでした。直前の回想シーンで、殺人鬼の牧場から闇の中に消えていく三人の子供たちというイメージも暗示的でしたが、最後の最後で、希望が生まれたとはっきりいっています。そして、その希望が消えた息子の命なのだと思います。

 映画の中で、女は直感的とか、話ができないみたいなことを、さんざんいわれていました。しかし、この映画の中で、もっとも理性的で、もっとも感情のコントロールができて、もっとも希望を持っていたのが、女性であるアンジェリーナ・ジョリーだと、映画を見たぼくらはわかっています。強制的に送り込まれた精神病院。権力による拷問に等しい環境で、彼女は絶対に折れず、理性的に耐えていきます。

 映画の中で、とりみださず、きちんと化粧している彼女についてはぼくもどうしてなんだろうというフックの部分ではありました。あの時代のグロスのないルージュはとても濃厚で、銀落としの画面の中で、異様なほど目立っていましたよね。場面によっては、オバQめいていたりもしました。 自分なりの解釈ですが、あの化粧は異性へのアピール、女性であることの強調ではなく、女性として社会とコミットする矜持なのだと思いました。

 これは第一次世界大戦で、男が減り、テクノロジーの進化の中で、メイクアップの技術が向上し、職業婦人が台頭してきた1920年代ならではの前向きな話と思ったんです。彼女がすごいのは、裁判や警察署などで、ほかの人が幸せになることに対して、きちんと笑顔を向けることですよね。あれは、息子が生きていることをきちんと信じているからこそ、できることだと思います。

 最愛の子供を奪われ、権力は腐敗し、偏見も残る中、ラジオ宣教師というテクノロジーと宗教が組み合わさった時代の存在や、アメリカ的なものへの信仰を持つ警官、そして、マスコミの時代の正義派弁護士など、新時代の魔法の杖を持った人々が、つぎつぎに助けに来てくれるというのは象徴的だと思いました。

   

 彼女から逃げたのは、ここに登場してこない元亭主だけですよね。なぜ、父親はいないのかという息子の問いかけに「あなたが生まれたとき、いっしょにプレゼントが届いたの」と、息子に語り、「何が入っていたの?」ときく息子に対して、「Responsibility(責任)」と語ったのはきわめてわかりやすいテーマです。子供を育てるというResponsibilityから逃げた父親と、消えた子供に対してもResponsibilityを維持し続ける母親。

 ResponsibilityとHopeがこの映画を支える大きなテーマです。

 「Never start a fight... but always finish it」は、彼女の生き方そのものです。だからこそ、ネタバレなしのレビューで「静かなる戦いを勝ち抜く」と書きました。アンジェリーナ・ジョリーにとって、息子の生存を信じ、希望を持って、生きていくことこそが、生きる意味であり、彼女とともに息子を生かすことなのでしょう。

監督製作音楽:クリント・イーストウッド 脚本:J・マイケル・ストラジンスキー 製作:ブライアン・グレイザー/ロン・ハワード/ロバート・ロレンツ 製作総指揮:ティム・ムーア/ジム・ウィテカー 撮影監督:トム・スターン プロダクションデザイン:ジェームズ・J・ムラカミ 編集:ジョエル・コックス/ゲイリー・ローチ 衣装デザイン:デボラ・ホッパー 
キャスト アンジェリーナ・ジョリー ジョン・マルコヴィッチ コルム・フィオール デヴォン・コンティ ジェフリー・ドノヴァン マイケル・ケリー ジェイソン・バトラー・ハーナー エイミー・ライアン ガトリン・グリフィス 他
※こちらのエントリーもどうぞ。

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