【映画2009】君のためなら千回でも
DVDで鑑賞。
やられた。去年、劇場で見逃した映画はいくつもあるのだが、そんな中でもこれは見逃したことが悔しくなるくらいの作品だった。近所のシネコンでかかっていたのに、上映期間が短かったのと、アフガニスタンを舞台にしているということで、辛気臭いものと勝手に勘違いしていたのだ。
しかし、名作ならではの高揚感をともなう美しい話で、話の構造自体は「ゴッドファーザー」や「ガープの世界」のごときエピックを髣髴とさせるものがある。
1978年、ソ連による侵攻前のアフガニスタンが、物語の発端にある。現在のアフガニスタンと違い、カバブの香り漂い、緑がいたるところにあった時代。12歳の少年、アミールは自分の家の召使いの息子、ハッサンと仲良く遊んでいた。ハッサンはイラン系のハザラ人として差別される存在だが、身分や立場を越えて、ふたりの友情は深いものだった。
カブールでは毎年恒例の凧合戦の日、二人の協力プレイは巧みでついに優勝する。凧合戦では相手の糸を切った勝者が落とした凧をもらえる決まりとなっている。親友アミールのために、急いで凧を拾いにいくハッサン。
「君のためなら千回でも」は、ねぎらいの声をかけたアミールに対するハッサンの返事だ。純粋な友情というのがたまらずいとおしく、ぼくはここで完全に映画に没入した。
悲劇はその直後に起こる。日ごろから、ハッサンを目の敵にしていた年長の少年たちが、勝ち取った凧を手にしたハッサンを取り囲み、ついにはレイプしてしまうのだ。追いついたアミールは物陰から一部始終を目撃してしまうが、声を出すことさえできずにその場を立ち去ってしまう。
その罪悪感から、ハッサンと距離を置くアミール。
1979年、ソ連軍によるアフガニスタン侵攻によって、ふたりの運命は大きく分かれてしまう。アフガニスタンはやがてタリバンの支配する国家となり、凧揚げさえも禁じられてしまう。アメリカに亡命したアミールが、作家として処女作を上梓したその日、パキスタンにいる父親の友人から連絡が入る。帰ってこいと……。
アフガニスタンのタリー語が多用されている作品だが、スピルバーグのドリームワークス社が製作しているだけあって、CGもしっかり使ってあるハリウッド映画である。そして、監督は007最新作「慰めの報酬」や「主人公は僕だった」、「チョコレート」のマーク・フォースターだ。彼の作品では、いちばんすばらしいのではないか。
クライマックスでは性急なご都合主義もみられるが、親子、差別、戦争、移民、成長、そして、正義を巧みに織り込んだシナリオは卓抜で、30年の時代をきちんと受け止めた感動的なものになっている。
アミールの高潔な父親のキャラクターなど魅力的だと思っていたら、一筋縄ではいかない背景があったり、アフガニスタンを起点にしつつも人類の普遍的な「旅」の話なのである。
※こちらのエントリーもどうぞ。« LUX、うぜええ! | メイン | 昴-スバル- »


