【国内旅行】富嶽八景 死の彷徨
ゴールデンウィーク明けに友人ふたりと青森に旅行した際、今年の夏は富士山に行こうという話が出ていた。そのときはお盆前後にというプランだった。個人的なスケジュールの事情もあったし、ダイエットの進展を考えると、そのあたりが体重、体力的にも理想的だと思ったからだ。
予定より3週間くらい早い「7月22日にしませんか」と提案してくれたのは、その友人1号である。その日は日食だ。富士山頂で日食を見るというのは魅力的なプランだ。スケジュールもハードであり、当初予定より3~4キロは重い体重ではあったが、それに乗ることにし、友人2号も誘うことになった。
集合は、午後7時の代々木体育館付近だ。その前に友人1号から、携帯メールが入った。「ヘッドライトを家に忘れたので、予備があったら持ってきてくれませんか」とのことである。メールに気がついたのは、すでに電車に乗ったあとだ。ヘッドライトといえば、夜間登山の必需品だ。新月(日食になるくらい)の暗闇を歩くのだから……。
ヘッドライトのほかに補助的にあちこちを見るため、3WのミニマグライトLEDを持ってきていた。「ヘッドライトはないけど、ミニマグライトLEDでいい?」と、メールを返した。
クルマに乗り込み、富士山へ向かう。友人1号の当初プランだと、「富士宮口」に行くという話だったが、サイトの情報や降雨情報などを見ると、富士宮方面より御殿場方面のほうが降雨量が少なそうであった。登りの難度としても御殿場の近くにある「須走口」を薦めるサイトが多かったので、「須走口」に行かないかと提案し、そちらに変更することになった。「須走口」のメリットはもうひとつあって、頂上にたどり着かなくても、御来光がみられるのだ。
「近所のワークマンにいって、軍手を買おうとしたら、ワークマンが閉まってて、軍手が買えなかったんですよ。ワークマンなのに、休みがあるのかって」
「まあ、途中でコンビニに寄れば買えるから……」
なるべく、御殿場に近いところで食事にしようということで、足柄SAに入り、レストランで食事をする。人気No.1という「ペチャカツ定食」が眼に留まり、3人とも、それを注文した。豚肉を叩き伸ばして、揚げたのがペチャカツだが、メインのペチャカツよりも、豚汁のほうがうまかった。あとで調べてみたら、 山本益博との共同開発メニューということだった。
足柄インターには、コンビニのファミリーマートも入っていたのだが、発進後、友人1号に「軍手を買ったか」と聞いてみたら、「忘れました」とのこと。ぼくは軍手とフリースの手袋と、サブウェイで使っているような薄いゴム手袋を持ってきていた。状況に応じて、使い分けるつもりだったのだが、「じゃあ、貸すよ」ということになった。
ちなみに7合目あたりで、「軍手、貸してもらえますか」といわれたので、バッグの中とか、あちこちを探して、見つからず、ゴム手袋を貸すことになってしまった。軍手は下り道で見つかったのだが、スクープジャケットの内ポケットに入れていた。現地でもいったのだが、ごめんね。
高速や麓では、強い雨も降っていたのだが、標高2200メートルの須走登山口に到着してくると、雨は降っておらず、雲間から星も見える。
須走口駐車場で、持参してきたバナナをみんなに分ける。バナナなどで炭水化物を有効にとっていると、その後の粘りが違う。
それぞれ登山の準備を進めるのだが、友人1号は、防寒対策として下にジーンズを履いたとのことで、ちょっといやな予感がする。以前、彼が御殿場口から登ったとき、ジーンズだったので、大変な思いをしたといっていたので、まさか、そんなことはないだろうと思っていたが……。
富士登山やたいていの登山サイトでジーンズをすすめるところはない。
膝が曲げやすい伸縮性のあるズボンが良いです。ジーパンは固くて重いので疲れます。http://www001.upp.so-net.ne.jp/fujisan/fuji-j.html
天候のコンディションがよい日帰り登山なら、硬くて強いジーンズにもメリットがあるかもしれないが、雨が降ったときに乾きにくい綿のボトムは大変だ。友人1号の場合、ジーンズの上に履いていたのもコットンのミリタリーパンツだった。
ちなみに下に履いていたジーンズは暑いということで、あとで脱ぐことになる。
登山は好調だった。登山口を出たのが22時35分。休みを多めにとっていても山頂近くで御来光を拝めそうなペースである。
五合目から六合目は須走口ならではの森林の中を抜けるコースだ。夜間登山ならではの肝試しめいた雰囲気も楽しく、いろいろとしゃべりながら、登っていった。今回はヘッドライトだけになってしまったが、手持ちのライトであちこちを照らしながら歩くと、楽しいコースと思える。
六合目までは1時間15分くらい歩いた。最初にとばしすぎるとあとできついと書いていたので、かなり抑えたペースだったが、まるっきり疲れることもなく、山小屋に到着する。
須走口は人が少ないと聞いていたが、全行程の中で、抜いたり、追い着いたりで、遭遇したパーティは4組程度で、ほんとにさびしいくらいのコースだった。
六合目では、着替えを調整したり、水分を補給したりする。今回は500mlペットボトル2本と、プラティパスの1Lビニール水筒を持参してきた。高山病対策もかねて、500mlの水を早めに飲みつつ、進んでいく予定だった。友人1号は2リットルのペットボトルの水を500mlのペットボトルに詰め替えながら使っていた。あとで聞いたら、水だけで3キロくらいあったみたいだ。
富士登山サイトで紹介していた。ごま塩スティックはかなり有効だった。
また、ソイジョイやスニッカーズといったスティック形状の機能性食品やお菓子を5本くらい用意して、山小屋での休憩のたびに補給していた。脂肪を燃焼するのにも炭水化物が必要だし、すこしずつとっておいたほうが山に対するエネルギー源となる。
新七合目になるあたりまで眼下の夜景は美しく、雲間には純粋な星の光が散りばめられ、砂礫の道を進むと、火星のオリンピア火山でも歩いているかのようにも思えてくる。休憩で路傍に腰掛け、ヘッドライトを消すと、はるかな町の灯と星が唯一の光源となる。須走口は人が少ないこともあって、夜の山登りの楽しさが存分に味わえる。
純粋な楽しさはやがて終わりを迎える。友人1号に貸したマグライトはかなり強力なので、光に照らされた粒が見えているようだ。
「なにかが飛んでますね」などといっていたが、つまりそれは強風の中で舞う雨粒だったのだ。とにかくの風で雨と意識するのが遅れたが、恐れていた雨が降り始めたのだ。
ぼくらは新七合目で雨具に着替える。ぼくは街着としても使っているThe North Faceのスクープジャケットを身につけた。このときはなめてかかっていたので、ボトムは着替えなかったのだが、八合目で立ち止まったとき、水がしみてきたので、防水のオーバーズボンを着用した。
友人2号は登山用品店で「どうせ一回しか着ないんですけどね」といって買ったセパレートタイプの雨具を身に着けた。
そして、友人1号はビニール製のポンチョを身にまとった。さすがにポンチョはやばかった。
さて、表題の件ですが、なぜ上下別体のセパレート雨具でなければならず、傘やポンチョではダメなのか、と申しますと、富士山の雨はかならずしも上から降ってくるとは限らないからです。富士山の雨は下から降ることもあるのです。と、いうのも、山頂の高さより下で雨雲が発生し、強い上昇気流に吹かれて雨が飛んでくるのです。 つまり、ポンチョでは雨が防ぎきれないばかりか、風を孕んでしまって危険でさえあります。傘は論外。さした瞬間に折れると考えておけば間違いありません。http://www.tozan.org/fuji/mochimono/index.html
文字通り、風をはらみまくったのである。
このあたりから風は強さを増した。さえぎるもののない広大な空間で、われわれを容赦なく苛む。手につけていた手袋はぐしょぐしょになった。当初のプランでは、フリース手袋ではなく、軍手・プラス・ゴム手袋に付け替える予定だったが、歩いていて平気かなと思い、ゴム手袋を貸してしまったこちらの失敗だった。
10歩歩くごとに、風圧を受けて、よろけそうになる。登山道をガイドする鉄棒につかまる一方、変なところでよろけて、鉄棒に貫かれそうな恐怖感もある。ヘッドライトの光では見えなかったが、もしすべてが見えたら、恐ろしくて、登れなかったかもしれない。
それまでほどほどのスピードで進んでいた友人1号が一気に遅れる。ときどき振り返ると、後方で白いポンチョが風で大きく膨れ上がっているのが見える。まるで凧のようだ。さらに友人1号はウォータースポーツ用の面の大きいリュックを背負っていたため、そこでも風を受けていたそうだ。
いわば背中に凧を背負って歩いていたのだ。
本七合目から、八合目あたりは風をさえぎるところもない。斜面に腰を下ろして、しばらく休んでいたのだが、友人1号がこんなことを言い出した。
「ぼく、ここで座ったまま、しばらく休んでいますから、さきにいってください」
ほんとうになにもない斜面である。ポンチョに綿のミリタリーパンツで、ひとりきりで休んでいては、体力を奪われてしまう。
「ここはいくらなんでも、まずいですよ。もうすぐ八合目の山小屋があると思うんで、そこまで行きましょう」
友人2号に促され、なんとか歩き出す。たしかに新八合目の山小屋は遠くなかった。そこに到着したのは、午前4時すこし前。4時30分の御来光はここでみることになった。宿泊客はいるのだが、山小屋の鍵はかかっていて、外からは開かない。屋根のない空間で、待っているうちに少しずつ体温は低くなっていく。
トップはThe North Faceの化繊アンダーシャツの上に、ワークシャツ、フリース、スクープジャケットと重ね着をしていたので、それほど寒くはなかったが、風をよけて立ち止まっているうちに、ボトムに水がしみてきたので、オーバーパンツをつけることにした。(これだけ風雨があると、リュックを開けて着替えるのも大変なのだ)
御来光など、もちろん見えない。現在高度は3450メートルだ。あと300メートル強で頂上だとわかっていると、登りたくもなる。雨が弱まったところで、アタックしようと斜面を目指すが、朝日に照らされた斜面は容赦ない。見えてしまうと恐ろしいものもあるのだ。
「もうちょっと待ちませんか」
かれのmixi日記のコメントにはこんなことが書いてあった。「同行者2人がそれでも先に進みたがっていたのはクライマーズハイなのか」
以前テレビで見た珍獣ハンター・イモトがキリマンジャロに登ったときのクライマーズハイ状態とはちょっと違っていたから、クライマーズハイってやつとはちがうのだろう。できることなら、そういうのに、いちどなってみたかったりもするが……。
なによりここまで来たら、山頂に立ちたい。その一念にとらわれていたのかもしれない。単純に装備の違いによる余裕の違いだと思うのだが、危険な状態であったことはいうまでもない。
しかし、待っていると、だんだん冷えてくる。とりあえず、上の本八合までいってみないか……と、いって、ふたたび斜面に出る。しかし、友人1号の心はすでに折れていた。
「ぼくやっぱり降ります。おふたりは先に行っててください。携帯で連絡を取り合って、どこかの山小屋か駐車場で合流しましょう」
とても正直に言えば、前々から準備をしてきて、残り数百メートルで断念するのは残念だ。余力はまだある。だが、降りてきた年配の登山者が「ここから先は酸素も更に薄くなるし、からだが冷えたら、とても危険ですよ」などといっていたのも事実だ。
いずれにしてもパーティを分け、別行動にして、ひとりで降りてもらうのもよろしくない。ということで、今回は登頂を断念した。友人2号、ごめんね。
下りはやはり面倒で使う筋肉も違うから大変だった。須走口は降りるのが楽といわれるけれど、頂上を目指しているのと違って、気分的にも盛り上がらない。しかも、途中の山小屋で中にきていたフリースを脱ぎそこなってしまい、気持ちが悪くなるほど、蒸し暑くなることもあった。温度調節はやはり大事だ。
3時間ほどかけて、五合目まで降りてくると、富士山は雄大に美しく聳え立っていた。雲や雨など、まるっきり見えない。前泊で山小屋に入り、コンディションが変わるまで待てば、頂上を目指すことは難しくなかったのかもしれない。
しかし、今回、もっとも命の危険を感じたのは、そのときではなかった。
友人1号に上の駐車場に止めてあった車を移動してもらい、後ろから荷物を積み込むときに、汗をかいたワークシャツもその場で脱いで、入れていたら、係員が「ここで着替えちゃだめだよ」と、声をかけてきた。「大丈夫です。脱いで、入れただけですから」といったあとに助手席のドアを開け、シートに腰を半分、乗っけたところで、突然、車が動き出した。道路に残した足が引っ張られる。
運転席の友人1号に「ちょっと待って。まだ、ドアも閉めてないよ」といったら、一度、止めたが、ドアを閉めるより前に再発進。「だって、うしろからクルマが迫ってくるんですもん」。登山口の中から、出てきた関係者の四駆が眼に入ったようだ。威圧的にあおられようが、おれの命も大事にしてほしい。
さらにそれだけではない。下り斜面を降りているとき、突然、エンジンルームから聞いたことがないような音がしたかと思ったら、ブレーキの怪音がつづき、車体も激しく震えてきた。明らかに失われるコントロール。なんとか車が止まったからよかったが、直線斜面ではなく、カーブだったら、路肩から下に落ちていただろう。
「エンジンブレーキをかけようとしたら、ギアが変なところに入ったみたいです」ということで、どうやら、リバースにシフトが入ったのだろう。本気で怖かったよ。
下っていくと、御殿場方面は濃霧で「ミスト」のような世界だ。当初はとりあえず、温泉にでもつかろうといっていたのだが、「これじゃ日食が見られませんね」と、友人1号。「最初に行くといっていた富士宮口に行ってみませんか」といい、カーナビを操作し、走り出す。
また、「天気は西から動いているんですよね。途中の富士山で雨を落として雲が消えるから、富士のこっち側のほうが、日食を見られるかもしれません」などと、フェーン現象の解説のようなことも言う。
さらに、「都内では雨もおさまったみたいだね」とぼくがいったとたんに、「じゃあ、東京に戻るのはどうですか」と、カーナビを操作。強引にUターンして、走り出す。
「いや、東京にいくくらいなら、さいしょの須走登山口にもどろうよ。あそこならさっき、確実に晴れていたから」ということで、須走登山口に戻ることになる。非力なエンジンでは、途中、10キロ程度しか出ずに、戻るのも難儀したけれど、原点である駐車場に戻る。
車内でだらだらと待っているうちに、雲間から太陽が出てくる。日食グラスで観察すると、紛れもない日食である。さらに雲が流れると、自然の減感フィルターとなり、肉眼でも形がはっきりわかるようになった。この状態で、写真撮影も可能になる。
チョコレートなどのお菓子も食べたせいか。友人1号の状態も好転する。あの危険運転は、低血糖による、判断力低下だったのかもしれない。ぼくと友人2号は下山後、山小屋でソフトクリームを食べたのだが、友人1号はそれを口にすることもなかった。
そのあとは、御胎内温泉健康センターに行き、一風呂つかったあと、仮眠をとる。都心にもどる友人1号の運転はだいぶ落ち着いてきてほっとした。山を登る前後など、もっと意識的に糖分をとったほうがいいとおじさんは思いました。
なんとか、都心に戻り、近所まで送ってくれるという友人1号とともに、光が丘のスシローへ。「以前、三人で行った八戸の八食市場寿司より、こっちのほうがリーズナブルでうまいよね」などといって、壮絶な富士山ツアーは終了したのであった。
友人1号とは、お盆前後に富士山リベンジしようと話をしている。もちろん、天候をきちんとチェックして、無理はしないという前提で……。
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