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【テレビ番組】Nスペ「無縁社会 ~“無縁死” 3万2千人の衝撃~」

 鬱番組と評判の「無縁社会 ~“無縁死” 3万2千人の衝撃~」を再放送の録画でみる。

 「身元不明の自殺と見られる死者」や「行き倒れ死」など国の統計上ではカテゴライズされない「新たな死」を「無縁死」とネーミングしたセンスはうまいと思うが、傾向として、いまの日本でそれがほんとうに増えているのかどうかは疑問ではある。行旅死亡人の増加に関して正確な統計は見つからなかった。


 団塊世代の高齢化、生涯未婚の増加という現象、特殊清掃業の増加、独居死後の整理をするNPO法人の増加を根拠にしていたのだが、日本というのは昨日や今日、無縁社会になったわけではないのではない。明治以来の百数十年のあいだ、「無縁死」は多かったのではないか。

 地縁社会と都市生活のコントラストが強い日本社会には無縁死を生みやすい土壌がある上に、蔓延する孤独への不安が、今回の番組の背景にあるのだろう。

 もちろん死のひとつひとつは悲しく、不条理だ。しかし、それを「孤独死」とか、「無縁死」といって、余計に憐れむのはおかしなことだ。たとえ100人の親類縁者に囲まれ、愛する人の手を握りながらでも、死は孤独なものだ。その死に孤独や無縁の属性をつけて、悲しさを増量させるのは、死者に対してどれだけ上から目線なんだよと思う。

 今回の番組の中で、最も「無縁」を感じたのは、定年と同時に独居死のNPOに登録をして、長い余生を生きるもと三菱銀行社員だ。熟年離婚し、糖尿病と欝の投薬治療を続けているという。人生はこのさき、ほんとうに長い。

    

 無縁死や孤独死として死を見つめるより、コミュニティを喪失した日本における無縁生や孤独生を考えるべきなのだろうと、つくづく思った。どんな形でもいいから、多世代にわたり、生涯つきあえるコミュニティが必要なのだろう。

 親戚でも近所でも同好の士でも多世代にわたり、ことばをかけあうコミュニティを再生させなければならない。その意味で番組で提示されていた「救い」の部分は心にしみた。

※こちらのエントリーもどうぞ。

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