ぼくらの
11月1日
マイミク、ひげいとうさんのmixi日記で、漫画・アニメ「ぼくらの」の存在を知る。まずは、アニメ主題歌の「アンインストール」に、どっちゃりとはまる。
11月1日
マイミク、ひげいとうさんのmixi日記で、漫画・アニメ「ぼくらの」の存在を知る。まずは、アニメ主題歌の「アンインストール」に、どっちゃりとはまる。
いやもう昨夜、えーーーっと叫んでしまったのは、青池保子の「アルカサル」が、とっくに完結されていたのを知ったときだ。
漫画の棚を見ると、西原理恵子の「できるかな クアトロ」、弘兼憲史「専務 島耕作(1)」、そして、一条ゆかりの「プライド(7)」があるじゃないですか。
西原理恵子は文句なく、「島耕作」は仕方なく、「プライド」は嬉々として買いますよ。
西原理恵子についてはもう理由を言うまでもないし、「島耕作」は乗りかかった船だ。「社長 島耕作」を通り越して「黒幕 島耕作」だか、「元帥 島耕作」まで買ってやろうじゃないかという気分だ。
漫画を一冊、買わなければいけないと池袋へ。芳林堂コミックステーション→池袋西武LIBRO→ジュンク堂→PARCO・LOGOS→とらのあなと巡回して、やっと買えた。
これだけの本屋を回っていると、目的の本を買うまでにいろいろな本を買ってしまう。なんとなく買い逃していた本も多い。
西原理恵子の「パーマネント野ばら」もそんな一冊。池袋PARCO下にあるにぎやかなBecker'sでうっかり読み始めて、どーんと、やられてしまう。
すぐとなりのテーブルでは、関西系の内装施工の営業が、にぎやかに東京の地下鉄は使いにくいとかしゃべっていたのだが、読み進むうちにそんなことはどうでもよくなってしまう。
大雑把かつデリカシーのない写植の貼り方……(って言い方、まだするのかな)に、新潮社はきちんとしてくださいと、いいたくなってしまうのだが、それでも中身はすごすぎる。
けいこちゃん なんで させ子なのー
高校生の時、誰かが聞いた。
「だって私 なんにもない フツーやんか
私からまんこ とったら 何が残るのー?」
けい子ちゃんの気持ちが
私達にしんしんふってくる。
だって私達
何にもないのに愛されたいもん。
好きな男のいなくなった
あとのふとんは
砂をまいたみたいだ。
こんなものを昼間のBecker'sで読んではいけない。最後まで読んでひどい目にあい、家に帰ってすぐにまた読んでもう一度、ひどい目にあった。
藤田和日郎の「からくりサーカス」が43巻目にして最終巻。連載9年目ですか。この連載が始まったときに「週刊少年サンデー」で仕事をしていただけに、感慨も深い。
やはり鳴海と勝が分かれる「第一部 サーカス編」のラストの印象が圧倒的だったし、「第二部 からくり編」以降のとてつもなく複雑なプロットにだれがだれやら、分からなくなるときさえあった。
最近、感慨深くも終わってしまった漫画は村上もとかの「龍 RON」だ。15年の長期連載で、最後の「秘宝」をめぐるドラマはちょっと行方を失った感もあり、迷走していたような気もしたのだが、それでも激動する昭和の時代をこれだけのスケールで堂々と描いた快挙は、いくら讃えても讃えきれることはないだろう。
その一方で、いま、いちばん楽しみな漫画の一つ「仁 JIN」も村上もとかの作品だ。幕末にタイムスリップした脳外科医が坂本竜馬、緒方洪庵といった人々と活躍するドラマ。こちらはスーパージャンプで毎号連載になるとのこと。楽しみなり。
ちなみに仁の第一話はこちらから読める。
http://www.s-manga.net/comics/om_20010414_sj_jcd_4088591747_jin-1k.html
夕方から鍋コミュの会で巣鴨の「加瀬政」へ。1月24日につづき、二度目の「加瀬政」である。桜肉のしゃぶしゃぶである。どんとうまいなぁ。
二次会は「itten bar」で、軽く飲む。
「北斗の拳」が何世代にもわたって支持されているのは、壮大なロマンや、熾烈な愛のドラマが優れていたわけでなく、紙一重でギャグ漫画に踏み込んでいる異形の構図があったからだ。
最強の男をめぐる戦いはどこか滑稽であり、いとおしい。
それにしても……。
「バキ」シリーズの「SON OF OGRE 範馬刃牙」は、単行本で買って初めて知ったのだが、すごいことになってるね。
いよいよ父子の決着をつけるべく、父、勇次郎は恐竜サイズのアフリカ象を一撃で倒し、息子、刃牙はイメージトレーニングで体重100キロのカマキリを生み出し、戦う。
カマキリだよ!
おなじ身長や体重だったら、昆虫のほうが強いという、仮面ライダーだとか、「ザ・フライ」以来のロジックである。
やや迷走が続いたように見える「バキ」シリーズだが、まさか、こうきたかという展開だ。これなら、納得しちゃうよ。
ほとんど落語とか、トールストーリーとか、吉四六さんとか、そういう世界の話だ。
ちなみに吉四六さんというのは、大分の有名人である。熊本には彦一さんがいる。どちらも、ほら話の達人である。
もともと、リアルワールドを舞台にした天下一武道大会をずっとやってきた刃牙シリーズだけに、この展開はいさぎよい。
このシリーズで史上最大の親子喧嘩に決着がつくらしいのだが、たぶん実際に拳を交えるまで、二人がいかに強いかのエピソードが延々と続いていくのだろう。どんどんほらをかましていただきたい。
この展開で「バキ」は、「北斗の拳」とならぶなにかの領域に踏み込んだ気がする。
ネットでオーダーしていた吾妻ひでおの「失踪日記」が、やっと到着。以前の日記にも書いたのだが、さまざまな書店で在庫切れの中、なんとか読みたいとネット注文した翌日に、銀座の本屋で平積みになっていたのを発見したという、おれ的因縁の作品。うれしいことに初版だった。

近ごろは世代間で常識の差があり油断できない。一応、書いておくが、吾妻ひでおはとても有名な漫画家である。その絵を見れば、なんとなく覚えがあるかもしれないけれど、おたく第一世代のデファクトスタンダードともいうべき存在で、いたずらにかわいい女の子と"シュール(うあああ、このフレーズは書くのが恥ずかしいぞ)"なシチュエーション、マニアックなSFのパロディで、時代を作った作家さんである。
本書は1989年、締め切りから逃げ、失踪した作者が自殺未遂をし、ホームレスになり、配管工になり、アル中病棟に入った経緯を「人生をポジティブに見つめ、なるべくリアリズムを排除して描いています」として、描いている作品だ。
「リアリズムの排除」ってそんなことはない。
山の中に入り、自殺に失敗し、浮浪者の食べ物を盗む浮浪者になり、捨てられた天ぷら油で飢えをしのぎ、発酵しかかったリンゴの熱で暖をとるといったすさまじいネタが、1ページにふたつくらい投げこまれ、それでいて、作家独自の温度をともなうニヒリズムのおかげで、悲惨にならないといった奇跡のような作品だ。生々しさこそ排除しているが、ベタベタのリアリズムをしのぐ、有無をいわさないリアリズムがある。うかつにおもしろいといえない迫力がある。「うああああ」という声を上げさせる凄みがある。
浮浪者編など、読んでいて、一瞬、こういう生活もありかな……と、思えないでもなかったりする。ないんだけどね、いや、でも、ちょっとありかも。
後半のアル中病棟のあたりなど、フィリップ・ド・ブロカの映画「まぼろしの市街戦」を彷彿とさせるものがあり、狂気とユーモアと幻想、そして死の影が見えてくる。作家が作家である視力、観察力と、表現力に唖然とする。
すごいんだけど……、とにかくすごいんだけど……、ほんとにすごいんだけど……、この体験をこういった形で、結実させた表現のそそりたつ迫力に圧倒され、人として感想が形にならない一冊だ。
最後に話はそれるが、作中、漫画家編にでてくる秋田書店の編集者、阿久津(邦彦)さんはぼくもちょっと縁があった。むかし仕事をしていた「ファミコンチャンピオン」という雑誌の編集長だったのだ。二十代のころ、何日も徹夜でやった入稿を終え、事務所の隅で寝ていたおれをいきなり蹴飛ばして「起きろ! 飲むぞ!」とかいわれ、それからひどい酒を飲んだりした。「百億の昼と千億の夜」のころ、阿久津さんが萩尾望都の担当をしていた話は聞いていたが、そうか、吾妻さんの担当もしていたのか。しかも勝手にネームを書いていたのか。ちょっと懐かしくなって、ググってみたが、阿久津さんの名前はほとんど出てこなかった。お元気なのだろうか。
気になっていたコミック「夕凪の街桜の国」(こうの史代 双葉社)だが、ほぼ予備知識なしで読んで、がつんと衝撃を受けた。

涙があふれて止まらず、読み終えて、ふたたび読み、読みながら心を震わせ、涙を流し、みたび読み、その周到な描写とことばを堪能し、涙を流し、目を閉じて、心の中で風景を追いつつ、思い返し、涙を流す。
1945年8月6日の広島から伸びる一筋の命が連鎖する物語である。
デリケートにそして緻密に描かれた生を通して、原爆という暴力を正面から見すえたドラマである。
気持ちを想い、景色を想い、ことばを想い、痛みを想い、そういった想像力が、心を正面から打ちすえるリアリティを生み出すのである。
あえて書かないが、胸をしめつけるような「ことば」がある。いくつもある。
そんな「ことば」だけでなく、洋品店にあった半そでのワンピースを見たとき……。苗字が変わってしまった弟からのはがきを見たとき……。首にかけた鍵で団地のドアを開けるとき……。目の前にいる登場人物が、そのとき、どんな気持ちでいたのかを想像したとき、生み出される感情がある。
やばいなぁ。思い出すだけで、心がふるえ涙がでてきたよ。
同居人のもののけ・デイジーはインフルエンザでずっと寝室。38~39度の熱がある模様。
寝たり起きたりしながら、ぼくが買っておいた漫画「のだめカンタービレ」を読んでいる。
二ノ宮知子といえば、ぼくは「平成よっぱらい研究所」くらいしか読んでいない。話題になっている「のだめ」を買ってみたら、すっかり、はまりまくり。最新刊の11巻までを3回くらい読み返している。
あとで「二ノ宮知子って、ほかになにを書いていたっけ」と、酒場で知人に聞いてみて、はじめて「平成よっぱらい研究所」の人だと、つながった次第。
いま、タイムマシンがあったら、先の巻を買いたい漫画リストの上位に入ります。
さきほど、ふらふらと女房がぼくの仕事場にやってきた。
「のだめって、11巻までしか出てないの?」
「そうだよ」
「のだめ(主人公の野田恵)、九州人なんだ」
「そうそう。福岡の大川でしょ」
「のだめの実家、あんたんちの家族によく似てるよ」
「ほえ?」
「もう、お腹いっぱいで食べられないのに、つぎつぎに料理が出てくるところとか」
「へ?」
「やたらと家族でにぎやかなところとか」
「は?」
デイジーは群馬県前橋市の出身である。
「ガラスの仮面(42)」美内すずえ著 白泉社
なんと6年ぶりに、「ガラスの仮面」の新刊が登場!
昨日購入して、池袋から東銀座に到着するまでに読了してしまったけど、ほんとにおもしろかった。なんだか、速水真澄がどんどん、ダークサイドに堕ちていくのが、ぞくぞくっとくる。
ところで、下のURLは、ガラスの仮面で検索してたときに発見した「flash」なんだけど、これは知らなかった。
スピーカーをきちんとONにして、ご覧ください。